2023年3月20日(月)
『渋谷能』第四夜 千秋楽

約650年の歴史を持つ芸能“能楽”の未来を担う若手能楽師が集まる「渋谷能』。第四夜はシテ方五流儀と大蔵流狂言が揃う千秋楽公演を開催しました。



まずは能楽評論家・金子直樹先生の解説からスタート。今回は五流のシテ方の舞囃子や仕舞、そして狂言という構成です。狂言は時間が長めでしっかりしたものをということで曲目が選ばれたとのことです。

■舞囃子「清経」
トップバッターは喜多流・佐藤寛泰師による舞囃子『清経』。貴族的で繊細な平清経は、宇佐八幡の神託に絶望し、心神喪失とでもいうのでしょうか、船から海に飛び込んで自ら命を絶ちます。病気や討ち死にならまだしも、自死を選ぶとはと行き場のない想いにかられる妻の前で、霊となり死に至るまでの絶望の淵に陥る様を見せるように舞います。ゆったりと静かな足の運びは、決して軽やかではありません。足拍子の後、一瞬テンポが早くなったかと思いきや、フッと海中に身が沈んでいく――身体から離れた魂はさらに深くて辛い修羅道に陥ります。扇を2本使い刀に見立てての舞は、武家の者として、同時に貴族的な気品も隠せない清経そのものでした。

ここからいわゆる「段もの」と呼ばれるものが続きます。

■仕舞「笹之段」
続いては観世流・観世淳夫師の仕舞『笹之段』です。能『百万』の一部を切り取ったこの仕舞は、物狂いとなった母がはぐれ見失った子と巡り合う物語。物狂いに陥った母であり芸能者として暮らしている女性が、子を想う母の強い想いを表す舞が大きな見どころです。「百万の女」と呼ばれた女性は、もとは美しい黒髪だったであろう荊のようになった髪を振り乱し、我が身を嘆きながらも仏にすがるように舞います。狂い乱れるさまがなお哀れさを誘い引き込まれます。地謡の「南無釈迦阿弥陀仏」の謡で懸命に手を合わせて祈るところまでが『笹之段』ですが、舞が終わった後も響きが残る印象でした。

■仕舞「玉ノ段」
仕舞『玉ノ段』を舞うのは金春流・本田芳樹師。能『海人』の一場面です。藤原房前(不比等の子)の母が、自らの命を懸けて竜宮に奪われた玉を取ってくる代わりに、自分の息子を藤原家の跡継ぎにと約束させ、海中に身を投じます。首尾よく手に入れた玉を自分の乳の下を切って体内に入れて持ち帰るという、壮絶な話でもあります。仕舞では劇中劇的な場面が描かれます。シテが舞うのは、我が子への強い愛情とともに海へ沈む様子。念仏を唱え、海中で見事宝珠を手に入れるまでの力強い舞です。手にした宝珠は誰にも奪われないよう、自らの胸の下を切り裂いて身体の中に隠し入れる場面で目の当たりにする、少し恐ろしさも感じさせる壮絶な母の愛。一場面ごとに母の決意と信念に圧倒される本田師の舞でした。

■仕舞「笠之段」
能『芦刈』が元になっている仕舞『笠之段』では金剛流・金剛龍謹師が舞われました。生活苦によって別離した夫婦。その後夫は芦を刈りそれを売って貧しいまま暮らすことになります。舞では、芦とともに笠をも売る様子を描きます。仕舞ですが、謡も聞きどころ。春の情景、穏やかな海、網引きの様子、笠を売る情景を描く謡は、なんとなくのんびりとして穏やかな雰囲気も感じられます。シテの舞も、落ちぶれた身にもかかわらず活き活きした有り様に見えます。調子のよい「ざらりざらり」という謡に合わせ、小気味よく戯れの入った舞を心ゆくまで味わえました。


■舞囃子「雲林院」
シテ方五流のラストを飾るのは、宝生流・髙橋憲正師の舞囃子『雲林院』です。『伊勢物語』は在原業平を中心とした物語で、この曲目は業平と二条后(高子)の報われない恋の「後年」が描かれています。ここでは太鼓が入った序の舞で、しっとりとした舞を堪能できます。人目を忍んで逃避行を図るふたり。業平=シテの舞はとてもゆったりした歩みから、間を置いて足拍子、お囃子もゆっくりした調子で合流します。芥川を渡り、朧夜に降る雨、迷いながらの歩み……シテと地謡のやりとりで情景が描かれます。昔を懐かしみながらの舞に、残る思いが見せた夢の情趣を味わえました。


■狂言「磁石」

休憩を挟んで大蔵流の狂言『磁石』。
遠江の見付の者(山本則秀師)は、三河の八橋、尾張の熱田から都へ進みます。京の手前、近江大津の坂本まで差しかかり、珍しいものもありそうなので足をとめていると、そこへ男が知り合いを装って声を掛けてきました。この男はすっぱと呼ばれる詐欺師(善竹隆平師)。見付の者を田舎者のおのぼりさんと見て、騙して人買いに売ろうと企んでいました。しかしそう簡単に騙されません。知らない人から声を掛けられたことに用心し、途中抜けてきた尾張や三河の出身だと名乗り、話を合わせようとしたすっぱを面喰わします。ついに遠江の者だと知られてしまいますが、架空の人物や嘘の話を出して交わします。

作戦変更したすっぱは、見付の者に上京の理由を聞きだし同道を申し入れ、定宿へと誘いました。宿に着くなり、すぐに寝入ってしまった振りをしている見付の者。その間にすっぱは宿の亭主(山本則重師)と人買いの密談を詰めるのですが、そっと起きてふたりの話を盗み聞き。身の危険を感じた見付の者はあわてて逃げようとしますが、思い直して身代金を横取りしようと企みます。すっぱを装って宿の亭主からまんまと二百文のお金を手に入れた見付の者は、近場で夜更かしすることになりました。
見付の者が姿を消し身代金も横取りされたとすっぱが知ったのは、翌朝になってからのことでした。

宿の亭主から太刀を借りて見付の者を探すすっぱ。ようやく見付の者を見つけると、刀を振り上げて脅します。しかし見付の者は怖がって怯えるどころか「アーーーッ」と大声を上げ、むしろ太刀の方へと身を寄せるように何度も向かっていきます。見付の者が言うには、自分は磁石の精で、その太刀を飲もうとした。というのも二百文を飲んだら喉に詰まったので、刀を飲み込んで詰まりをとろうとしたとのこと。また、刀を鞘にしまうと命が薄れてしまうとも。

信じられないすっぱは再度太刀を振り上げると、見付の者はまた大声を出しながら飲み込もうとします。試しに太刀を鞘に納めると見付の者は途端に倒れて死んだふり。すっぱは怖くなり一度は見捨てて逃げようとしますが、蘇生を試みます。太刀を供えてみると、死んだはずの見付の者は無事生き返り(?)、磁石の謡を謡い出しました。それを受けてすっぱも謡い、興が乗ってきたところですかさず見付の者が太刀を強奪。すっぱは取り返そうにも振り上げられた太刀が恐ろしくて手が出ません。最初から最後まで見付の者にしてやられてしまったというすっぱでした。

狂言というと、田舎から出てきた男はたいてい人が良くて騙されるというパターンが多いのですが、この『磁石』ではそんな典型的なお話ではなく、頭の回転が早く、却って悪者が泣きを見るというオチであるところが、普段狂言を見慣れている人でも楽しめるポイントです。

■クロージングトーク

クロージングトークでは、今回ご出演の能楽師の皆様のお話。まずは「渋谷能」のこれまでの歩み、と過去の公演を振り返りつつ、舞台にかける思い、今後の公演予定など、おひとりずつコメントをいただきました。

出演|佐藤寛泰(喜多流)、観世淳夫(観世流)、本田芳樹(金春流)、金剛龍謹(金剛流)、髙橋憲正(宝生流)、善竹隆平(大蔵流)、山本則秀(大蔵流)
司会|金子直樹(能楽評論家)
撮影|石田裕