2019年3月1日(金)
『渋谷能』第一夜

公演レポート第一弾!次世代を担う能楽師、劇的に舞う。渋谷に舞う。

能楽の未来を担う若手能楽師が流儀の垣根を越えて集まり、現代と伝統の世界とを結ぶ注目のプロジェクトBunkamura30周年記念『渋谷能』。第一夜の公演レポートをお届けします。 

2019年2月28日(木)|事前講座

「渋谷能」第一夜に先立ち、前日に事前講座が催されました。能楽に興味があるけれどもまだ観たことがないという方から、何十回も観ているという愛好家まで、幅広い層の参加者でにぎわいました。
第一夜の曲目は『翁』。シリーズの最初の公演ということで寿(ことほ)ぎの曲が選ばれたということです。『翁』は能の他の曲目とは違い、物語性はなく儀式的な作品です。舞台への登場の仕方、囃子方の人数、着座する位置、装束なども特殊です。神事として扱われる曲のため、出演前に能楽師の皆様は潔斎して舞台に臨むという興味深い話もありました。
また、『翁』は囃子方にとっても特殊であると成田先生。冒頭で露払いの役目を担う千歳(せんざい)が舞う際の拍子が他の曲とは異なるとのことで、友枝先生の謡とともに小鼓の実演を披露されました。
講義が進むにつれて『翁』だけでなく流儀の違いなど能楽全体の話に。金子先生による丁寧で細やかな解説で曲目への理解が深まり、謡と小鼓の実演では知識だけではない体感を得られました。終盤では参加者の熱心な質問が飛び交い、充実した講座となりました。

*講師:金子直樹(能楽評論家)、友枝雄人(シテ方喜多流)、成田達志(小鼓方幸流)
*会場:渋谷文化センター大和田 学習室

2019年3月1日(金)|第一夜 翁

『翁』は他の能のように物語性はなく、天下泰平や五穀豊穣を祈念する昔からの神事として、能の曲目のなかでも別格なものとして扱われています。第一夜のテーマである「祝」にふさわしい、寿ぎの曲です。今回の公演では、お客様にも「清め」を体験していただけるよう、開演前にお神酒や塩をご用意してお迎えしました。

▲能楽師の皆様もお客様を迎える前に「お清め」

「能にして能にあらず」といわれ、能楽が大成する以前より神聖で儀式的なものとして舞われた『翁』。翁をつとめるシテ方は舞台の初めと舞の終わりに深い礼をします。露払いとして千歳(せんざい)が舞う間に、シテ方は白式尉という面を掛けます。翁は「天・地・人」の舞を通して結界を張るとされており、この日もピンと張り詰めた空気が能楽堂全体を包みました。千歳の舞ではリズミカルだった小鼓の音も、ここでは静かな調子になり、音のない“間”が心地よい緊張感を演出します。


▲能「翁」宝生和英(撮影:辻井清一郎)

続いて狂言方の三番三が登場し「揉ノ段」、黒式尉という面を掛け鈴を持ち「鈴ノ段」へ。翁とは対照的に躍動感あふれる舞とリズムが観ている者の身体全体に響いてきます。


▲能「翁」山本則重(撮影:辻井清一郎)

すべての舞が終わると、気が満ち溢れた静けさに包まれていました。

休憩をはさんで、後半は今後の渋谷能でシテをつとめる能楽師の皆様のトークが事前講座でも講師を務めた金子直樹氏による進行で繰り広げられました。流儀それぞれの特長や自己紹介、深い話、思わず笑ってしまう話で盛り上がりました。途中から『翁』にご出演の宝生和英師・山本則重師もトークに参加。演能後の感想を伺い、楽しいひと時を共有しました。


▲次世代を担う五流儀の若手能楽師が、能舞台に勢ぞろい

渋谷能で演じる曲目についての思い・意気込み

五流儀のシテ方が揃う機会はめったにない!ということで、ここぞとばかりに今後『渋谷能』で演じる曲目についての思いや、意気込みもレポートしました。

中村昌弘(金春流)
『熊野』で、どうしようもないダメ男(平宗盛)に振り回されてしまう熊野の可哀想なこと。それは熊野が凄くいい女だからだと思います。平宗盛は平家の政権が末期だと感じていて、来年桜を見ればいいじゃないかと言われても来年自分はこの世にいないかもしれない、そんな思いがあって熊野を手放したくなかったのかな。そんないい女が演じられればと思います。 

佐々木多門(喜多流)
『自然居士』は仏の教えを民衆に伝えるため髪を下ろさず舞ったり謡ったり説法したりする伝道者。親の菩提を弔うために人買いに身を売った子供を命懸けで助けに行くのですけれども、強要された舞を忍んで見せていく。一場面一場面を次の展開を考えながら、空間を制圧するように舞わなくてはならないのです。腰を据えた、まさに腹芸の必要な曲だなと思います。だからこの曲を選ばせていただきました。 

髙橋憲正(宝生流)
皆さんの『熊野』『井筒』など、宝生流では年齢がある程度高くないとできない曲目が多いです。それだけちゃんと用意してから挑みなさいということだと思うのですが、『藤戸』もそのなかのひとつ。前シテが理不尽に殺された子の母親の役で、後シテがその息子の亡霊。前半は女であり母親である、後半は男であり亡霊であるという演じ分けが難しい曲かと思っています。解釈を深めて稽古をしていきたいと思っています。

鵜澤光(観世流)
『井筒』は能の名作中の名作で『伊勢物語』が典拠となります。観世寿夫先生の影響で、私が所属する銕仙会でも大事にしている憧れの曲。高校生ぐらいのときに一度稽古をして、初めて触れた三番目物、夢幻能に衝撃を受けて一所懸命になりました。アラフォーの今、素晴らしい囃子方の方々とともにやることになりました。高校生の頃のように単にピュアなだけではなく、今の私にどこまで繋げていけるのかと稽古をしております。 

宇髙竜成(金剛流)
『船弁慶』にしようと思ったのは「白波之伝」という小書=特別演出が付いているからです。味付けが濃くなるエキスでございまして、見所がたくさんあります。前半は静御前、後半は薙刀を持った平知盛の幽霊で、源義経に対して強い思いを持った二人がそれぞれの形で舞台の上でドラマを繰り広げていきます。僕が東京でシテをつとめるのはこれが初めてです。しっかりして気合いを入れていきたいと思います。

終演後は、出演能楽師も参加するアフターパーティーが開かれ、ドリンクやフードを片手に、普段舞台上でしか見られない能楽師と直に話せる機会もあり、「渋谷能」ならではの光景で締めくくりとなりました。

第二夜は4月26日(金)、金春流・中村昌弘による『熊野』を上演いたします。どうぞ足をお運びください。